Screening programme 2025

Red Mist: A portrait of men

Marcelo Núñez

After a night of drinking with a couple of girls at his house, Enrique visits his best friend Giuseppe, who quickly notices his nervousness. When confronted, Enrique is at a crossroads, not knowing whether to tell how the aggressive way in which he was approached by the girls made him feel vulnerable, or to keep his image as a Latino man and try to hide his emotions.
This awakens traumatic memories in Giuseppe, who also struggles silently with his own demons.


津屋崎ボウル Tsuyazaki Bowl

諏訪眞理子 Mariko Suwa

11年前に、福岡県津屋崎にある、旧玉乃井旅館を会場に現代美術展が開催された際に展示した映像作品の一部。今年、その館主であった故安部文範さんと交流のあった作家が集まって、展覧会 場に宿る夢−記憶の舟にのる− が開催されます。この映像を再上映します。
この映像に登場している人物が安部文範さんと、私です。場所は、津屋崎海岸です。


Until I Approached – What Lies

yuanshuohan

2024年、日本に来てから八年が経った。生まれ育った国を離れ、さまざまな土地を巡り歩きながら、変わりゆく風景や、その中で切り取られるフレームを見つめ続けてきた。移ろう視点の奥底に、揺るぎない何かが息づいているのではないかという思いだった。「夢の中の家はどんな場所」という問いを出発点に、私は他者の夢の中に現れる家を訪ね歩く旅を始めた。


家  The home -blood ties-

池端規恵子 Kieko Ikehata

代々女を産むことで命を繋げてきた、私の家族。違和感を感じながら成長した私もまた娘を産み、この「家族」を継承した。世代を超えて繰り返される愛情と抑圧。母とは、娘とは、何か。そんな中見つけたのは、母が当時2歳の私にあてて書いた古い手紙だった・・・
この作品は、40年前に書かれた母の手紙を元に制作した。映像のほとんどは我が家の膨大なホームビデオ。母と私がそれぞれ自分の母親と娘を撮ったため、祖母・母・私・娘の4世代が出演している。ナレーションは私の母と娘。エンドクレジットには、この家にまつわるすべての女性が出演者でありそれは今後も変わらない、という意味を込めた。
作中に登場する彼岸花は墓地によく咲く花として知られる。毒の作用で遺体が荒らされにくくなるため、かつては積極的に植えられたという。日本に生息する品種は種子を作らず株分けで増える特性を持つ。日本の彼岸花と、「家」という温かくも不気味な絆でつながる女性たち。そのミステリアスな⽣き様を重ねた。


正しいの反対は左  

The opposite of Tadashii is left

ヨンハ・ジェームズ・ファン

Yongha James Hwang

日本語学校に通う作者は、利き手の右手を怪我して、左手で日本語の書き取り練習をしている。右手が書き慣れた韓国語に対し、左手はたどたどしく正しくない。日本語学校の友人たちと過ごす束の間の休日。焦燥と安心の狭間を激しく揺れ動く映像に、母国語で語る詩が重なり独自のリズムを生み出す。日記映画の新たなアプローチ。


Departure: The First Exercise and the Last

尹苑 Yin Yuan

本作品は、「理想の家」を象徴するドールハウスのようなインスタレーションが、1ヶ月の展示期間中に3回のパフォーマンスによって段階的に解体され、ゴミ収集日に段ボールの資源ごみとして回収されるプロセスを記録した映像である。虚構として価値を与えられた一つ一つの造形物としての「箱」が再び素材としての「箱」へと還元され、現実の時間軸に戻り、制度に触れ、そして他者の手に渡る――その瞬間とは何を意味するのだろうか。

撮影・編集協力:Ab


A picture you might have drawn

近藤愛助 Aisuke Kondo

アメリカの日系人強制収容所では、日系人アーティストが指導する美術教室が存在し、多くの日系人が風景画などを描くことが許可されていました。この映像作品では、私の曾祖父が収容されていたトパーズ収容所の跡地で、私が描いた山のドローイングを基に「収容とアート」をテーマに、戦争やアートの検閲に言及した自身の詩を用いて制作しました。

In Japanese-American incarceration camps in the U.S., there were art classes led by Japanese-American artists, and many Japanese-Americans were allowed to paint or draw landscapes and other pictures there. This Video work explores the theme of “incarceration and art,” inspired by my drawings of the mountains surrounding the Topaz incarceration camp, where my great-grandfather was detained. I have incorporated my poems, which touch on themes of war and the censorship of art, to create this work.


Foton

坪根正直 Masanao Tsubone

自主制作から10年以上遠のいていましたが、久しぶりに作ってみました。
ポーランドのサックス奏者Gerard Lebik氏が参加するFoton Quartetによる演奏に、映像をつけた自主制作です。
Free Jazzの喧騒からイメージを膨らませ、光子(Foton)がガチャガチャと舞うような映像を目指しました。


稲荷の山で声を叫ぶ Demonstration at Mt. Inari

渭東節江 Tokie Ito

視線には、無意識に他者を評価する尺度が含まれることがあります。その視線への対抗意識をプラカードにしました。この作品は、福岡の誇る女性アーティスト、田部光子さんの『プラカード』(1961年)のオマージュでもあります。人はどうして他者のことをじろじろ見るのか。そして、話を聴こうとしないのか。「着るプラカード」には、始終視線に晒される女性に思いを寄せたコラージュが施されています。
自作の「着るプラカード」を纏って、山の中でデモンストレーションしました。社会の中で、どれだけ声を挙げても、山の中から下界に向けて叫ぶくらいに届いていないという状況を表しています。


FAYM2024

島影圭佑 Keisuke Shimakage

FAYM2024のアーカイブ


4.5 ways of appreciation – Feichuan Art Space

大原由 Yu Ohara

本作は古代中国の酒器を模したグラスを用い「鑑賞」「品鑑」「賞玩」「観照」という4つの態度で酒を飲み語らう映像作品。「鑑賞」の鑑は水面を覗く姿に由来し後に鏡を意味し、賞は賜物の酒器を受け取る意から対象を敬って味わうような、ある種制限のある姿勢を示す。「品鑑」は中国で「鑑賞」と近い意味で用いられるが、品が複数の対象を並べ分類する意を持つため比較・評価を伴う審美的判断の態度を含む。作中では器の形や酒の香味を細やかに比較し言語化する姿が映される。「賞玩」は手に取った玉を弄びながら自分の富や権威を感じる旨があり、対象を自由に楽しみ没入する態度で、規範や評価から解放された感覚的快を享受する姿が描かれる。「観照」は仏教思想が由来である。心に飛び込む外界の事象を見つめる内省的態度であり、自己と他者がただ共にある姿を示す。最後に本作を見る際に、居酒屋の隣席の会話を耳にするような曖昧な態度も想定される。それは集中や拒絶を伴わず、断片的な声や笑いに意識が漂う日常的享受の形で上映会と比較してとりわけ展覧会形式で現れやすい。本作は4つの態度とその狭間の0.5の態度を提示し、計4.5通りの芸術享受の多層性を問う。


《匿名の語り》for screening

Anonymous Narratives for screening

藤口諒太 Ryota Fujiguchi

アルコールの問題を抱えることについてリサーチを始めたのは、2019年に前橋で行われたグループ展「ソウウレシ」への参加がきっかけだ。会場の「旧本間酒造」では、日本酒「惣嬉」が作られていた。「惣」は、「すべて」という意味を持つ。そこにアルコールの問題を抱える人々は含まれているだろうか。彼/彼女らのための自助グループ「アルコホーリクス・アノニマス(AA)」を知り、ミーティングに参加させてもらった。

会場にはアルコールをはじめ、薬物、窃盗、摂食などの問題を抱える人々が集う。集う人々を仲間と呼び、アノニマスネームで呼び合う。匿名が守られた空間。それぞれの壮絶な物語が仲間と共有され、経験を分かち合う。静かに聴き、自身と真摯に向き合う。完治することはない。それでもミーティングに通い続けることで、再発のリスクを減らすことができる。すなわち、命を繋ぎ止めることができる。

みな、本人がなんとかしようと思わなければ回復は出来ないと言う。しかし、個人だけの問題なのだろうか。回復しやすい社会とはどんな社会だろうか。彼/彼女らはアルコールなどの問題を抱えながらも、私たちと同じ社会に生き、それぞれの日々を過ごしている。


REBEL DREAD HARDWARE presents ACME ATTRACTIONS ERA

Don Letts and REBEL DREAD HARDWARE

1976年オリジナルロンドンパンクシーンのド真ん中かつ裏側をドン・レッツが臨場感たっぷりに撮影した秘蔵映像に、全編にわたりドンのナレーション解説付きで進行するREBEL DREAD HARDWARE 制作によるオリジナルムービー。
クラブROXY終演後にTHE CLASH, SEX PISTOLS, THE SLITSなどのメンバー達がドン・レッツの自宅に集まって深夜のセッションを楽しむフッテージや、SEX PISTOLS解散直後のジョニー・ロットンとドン・レッツがジャマイカに住むレジェンドアーティスト達を訪ねる貴重なフッテージなども含まれている。
加えて、現在のドン・レッツ、ジャネット・リー(ex. Public Image Limited / ROUGH TRADE RECORDS)、高木完(MAJOR FORCE)の証言が交差する内容となっており、REBEL DREAD HARDWAREでしか制作し得ない貴重な作品に仕上がっている。


A House Placed In Between – Poetry in the comfortable grey zone –

竹内としえ Toshie Takeuchi

領土/領域、所有/所有権、家/ホームの曖昧な概念について。

2009年、オランダのハーグ市にあるコンゴ民主共和国の大使館が突然閉鎖された。 閉鎖の背後には、コンゴ国家とプライベートビジネスの債権回収者の間での法廷闘争があった。一年後の2010年10月、スクワット活動が刑事犯罪とされる新しい法律がオランダで施行された。法律が改正される数日前、この閉鎖されていたコンゴ大使館をスクワッター達が占拠した。建物は住居の場として、そして、オルタナティブな文化スペースへとすぐに変換された。

「A HOUSE PLACED IN BETWEEN – Poetry in the comfortable grey zone –」は、占拠されたコンゴ大使館を主題とし、さまざま違った視点をパフォーマティブなリサーチに基づいて表現している。 それはこの曖昧なグレーゾーンで「守られた」アーティスト達の視点を映し出すと共に、現在の私達の生活をいまだに取り巻く植民地時代の負の遺産と、植民地時代思考に影響され続けている政治システムと、私たちの認識力に疑問をも投げかける。


KANMON11

鶴留一彦+森秀信

Kaz Tsurudome+Hidenobu Mori

鶴留一彦+森秀信
2人のアーティストによるユニット。
本州と九州をつなぐ関門海峡は古来より重要な航路であり、早鞆瀬戸(はやとものせと)とよばれる最も潮流の激しい水道に関門大橋が架かる。「KANMON」は、2人による関門海峡を通してみえる交通社会、都市、観光を映像にしたシリーズ作品。
「KANMON11」は、環境問題の温暖化をテーマに山口県下関市にある赤間神宮の先帝祭ステージ下で雨の中で2人の静止したようにみえるパフォーマンス。


縫い目 Stitch

渡邉洵 Makoto Watanabe

今年の7月中旬、東京の自宅から福井の美浜原発まで自転車で向かった。その道中を撮影していたが、振動を軽減するためのスタビライザーが壊れ、回転が止まらなくなった。その後美浜原発に到着し、夜に目の前の海で、カメラを持ちながら踊った。今回撮影に使った360度カメラは、両サイドに2個の魚眼レンズがついている。撮影した2つの映像の間を、ソフトウェアでスティッチング(縫い付け)すると、VRで見るような全天球のができあがる。スティッチングする2つのデータは違う映像でもよいのではと思い、「回転する道中の映像」と「美浜原発で踊る映像」をスティッチング、3:4の画角で編集し作品化した。


Take Your Time

姥凪沙 Nagisa Uba

映像は口文字、手話、点字を含めた様々な字幕と泳ぐ映像。水中で息を吐く間だけ作者のメモの言葉と身体障害者3人が話す私生活についてのインタビューの声が聞こえる。普段、聴き逃してきた声から想像してみてほしい。
私の身体は健常者に同化し目指そうと疲れてしまう。私は身障者の友達の声を頼りに、自分の身体を取り戻す。物語の障害者が成功して終わることは、経験が身体に馴染む瞬間の話。だが多くの障害者の毎日は、挫折や諦め、妥協の途中を生きている。乗り越えなくても、支え助けられ、諦め、休んでもいい。私は物語るのではなく、身体を語りたい。あなたがどんな身体か?自分の身体を忘れないでほしい。生きることに許可はいらないはずだから、周りの流れに身を委ね溺れないように、進むフォームは自分が決める。


energy in motion

大野茉莉 Mari Ohno

《energy in motion》は、分裂と融合により変化する、細胞の自律的な振る舞いを人工的に模倣した映像作品である。


113 Shine

奥村万琵 Bambi Okumura

この作品は、百円ショップで売っているライトを113個集めまして、服の中に入れていくという15分02秒の映像になっています。
音は日常の中の音を録音採取したものや、自身で鳴らしたものを編集し、制作したものです。

光というのは、とても良いもので、とても便利です。
ですが、沢山持ちすぎてしまうと、身体が重くなり、光で本体が見えなくなってしまいます。
電池が切れたあとは暗闇に戻るのでしょうか。

どのように感じるか、ライトが照らし出してくれるように思います。

映像最後の写真は、世界一周中の中で訪れた南米に位置する、ボリビア共和国のウユニ塩湖です。
鏡張りになった湖に太陽が映り、太陽が上下に二つあるように見えました。
正反対の世界が同時に存在しているように見えましたが、光であることには変わりがないように思います。


My Father Is Afraid of Water

Prateek Rajendra Srivastava

A son finds his patience and determination tested as he navigates the daily challenges of caregiving for his father with Alzheimer’s.


No Sand No Sea

Prach Pimarnman

Prach’s art stands as both a memorial to what has been lost and a call to recognize the profound impact that unchecked urbanization has on fragile communities. Through his use of local, discarded materials and neglected memories, he mirrors the community’s struggle to preserve their way of life amid the influx of capitalism. His work serves as a poignant reminder of the precarious state between humans and nature in the present time. As the landscapes of Narathiwat continue to shift, the bond between the sea people and their seaborne tradition weakens beyond their control. Yet, through the traces they leave behind—in both material and memory—the resilience of their culture endures, even as the world around them changes beyond recognition.


失われた家 Home Lost

Leung Mee Ping

タイ・バンコクのバンモッド海岸地域は、海水と泥の侵食に直面し、住民は無力な生存困難にさらされています。本作はアニメーションと実写を組み合わせた手法で「ノー・フィクション」の創作可能性を探り、世界的な観光地タイのすぐ隣で苦しむ小さな共同体の現実を伝えることを目的としています。
映像には、水中に取り残された街灯、泥沼に沈む古い仏教建築、住居を囲む漂流ゴミ、土に根を張れず枯れる果樹の姿が映し出されます。かつて身近にいたトビハゼ、カニ、猫や小鳥までもが犠牲となり、ましてや何世代も共生してきた農家の家族は深刻な被害を受けています。
短編映像のナレーションと声は、地域住民と子どもたちの協力によるものであり、ここに感謝を表します。世界の自然における災害に心を寄せ、互いに支え合い、環境を守る力を尽くすことを願います。


Ik zie ik zie wat jij niet ziet

I see I see what you don’t see.

有川 滋男 Shigeo Arikawa

相手が何を見ているか当てる子どもの言葉遊びをする姉妹。ゲームはやがて思いがけない展開を見せる。

私の子どもたちの日常と、彼らの日常とはかけ離れた場所で起きている暴力や武力紛争が、同時に世界を形作っているという現実。紛れもなく私はこの現実に気づいていながらも、目を背けてしまうことがある。 そしてまるで自分とは無関係であるかのように生活することさえある。しかし、その現実からこれ以上自分を遠ざけてはならない。

人、場所、声にならない声に想像力を働かせる。それが分断され隔絶された各々の現実を接続し、声を発することを可能にする。