松原容子「滝野川クロニクル / 区境」

松原容子「滝野川クロニクル / 区境」

2021年春、ある日曜日早朝の石神井川沿いの遊歩道、「滝野川」は「石神井川」の別名です。蛇行跡に造られた「板橋四丁目公園」と「板橋東いこいの森」間の狭く薄暗い通路上に架かる鉄橋をJR埼京線の電車が走る。護岸壁には千川上水合流口の暗渠が見えます。 ここから先は北区。王子駅北口まで1.5キロのこの流域はもう一つの別名「音無川」と呼ばれ、都内でも珍しい下流域の渓谷を体験できます。 映像は遊歩道を離れ十条台にある北区中央公園文化センターへ到着。この建物は、かつてこの一帯が軍都と呼ばれた頃の「東京第一陸軍造兵廠」の本部でした、戦後はアメリカ軍に接収され、極東地図局や東京兵器補給廠として使われたのちベトナム戦争時の1968年には「王子野戦病院」の開設が決まり、これに反対した市民や新左翼による大規模な反対闘争が繰り広げられた。昭和46(1971)年、キャンプ王子は区民に返還されました。 これは、王子・滝野川地区のリサーチを続けているアートユニット「滝野川クロニクル」のイメージ映像です。